この季節になると、大抵クラスの様子がソワソワしだす。
それは俺も例外ではなくて。今年は彼女がいる。
だから更に楽しみは増すんだけれど、問題はその彼女にある。
俺の彼女はイベントにあまり興味がない。
去年の春に付き合い出した俺達は、誕生日やクリスマス、お正月も過ぎたけれど、
どれも一緒には過ごさなかったし、プレゼント交換だってしてない。
俺がプレゼントをあげたことはあっても、俺がもらったことは一度もなかった気がする。
「はぁ……もうすぐバレンタインだよなぁ。」
達哉の言葉に、俺も「そうだな」と簡単な返事を返す。
教室の様子はやはりなんだか少しソワソワしていて。
そんなクラスメイトを見つめながら、達哉は大きなため息をついた。
「いいよなぁ。翔はチョコ確実だもんなぁ。」
「お前だって里江子がいるだろ?」
羨ましそうに言う達哉に、先日付き合い出した奴がなに言ってんだかと付け加えて言う。
数日前、俺彼女できた〜!!と言う感じのハイテンションなメールをもらった。
別れるにも早すぎだろ?と思いながら達哉を見ると、奴は遠い目をしていた。
「喧嘩してさぁ〜。無神経なのよ!ってバチン!だよ。」
自分の手で頬を叩かれたしぐさをする達哉に、俺はご愁傷様としか言えない。
一体、何をやらかしたんだか。
呆れて達哉をみるけれど、チョコをもらえないのはどうせ俺も一緒だと思う。
「俺も、チョコ期待できねぇよ。」
「お前も喧嘩か?」
少し期待の混じった声で言われた言葉に、お前と一緒にするなと返して。
でも、喧嘩でもしたくなるよ。イベントを重ねる度に不安にもなる。
俺は本当に香奈に好かれているんだろうか?
「もうすぐバレンタインだな。」
「そうだね。」
「お前は友達とそんな話しねぇの?」
「少しはするよ?」
風の冷たい帰り道を二人で歩いて。
さりげなくチョコをくれないかなぁと思いながら話をする。
そっけない香奈の態度にやはり期待はできねぇなと思いながら。
悲しく思う俺の心に、外の風は少し厳しい。
涙が出てきそうになるのは、寒いからという理由だけではない気がする。
「香奈ってさ、恋人同士のイベントってどう思うわけ?」
「嫌いな日。」
思いきって訊ねてみてこれだ。なんだよもぅ。
俺はイベント前には必ず別れてしまうタイプだったから、香奈と付き合い始めてかなり期待してたんだけど。
これだもんなぁ。
それがどうしてなのかとか、俺達は恋人だよなとか、更に質問をしたかったけれど。
あまりにも香奈の表情が不機嫌だったから、続けて質問するのはよしておくことにした。
「バレンタイン、あんまり期待しないでね。」
俺の白い息が、目の前にいる香奈の姿を一瞬消す。
ああ、なんだかもう。泣きそうだ。
「なんかさ、彼女できてすっげぇ楽しみだったわけ。」
自習時間、前の席の達哉が体ごと後ろを向いて話しかけてきた。
5時間目の授業、しかも俺達の席は窓際だから眠気防止にはけっこう助かる。
配られた課題に目を通すこともせずに、俺達は話を始めた。
バレンタインが近づくにつれ、達哉との話はそれが主になってきていて。
それとともに、こいつらまだ仲直りしてないんだとか思ったりもする。
そして思い出すのが香奈の言葉。
どうしてあそこまで恋人同士のイベントを嫌いになるのかがわからない。
これで当日、友達と交換するチョコはあって、俺にはないってなったらどうしようと思う。
考えれば考えるほど惨めになっていくだけだから、俺は課題に視線を落とした。
課題の問題を解こうとする俺を、達哉は邪魔するけれど。
無視、無視だ無視。提出しろとも言われているわけだし。
自分に言い聞かせて達哉を無視していると、急に香奈という名前を聞いた。
「あれ、香奈ちゃんだよな。」
達哉が指差す方向には、体育の授業中である香奈の姿があって。
バスケットをしている香奈は凄く楽しそうに笑っていた。
あんなに楽しそうに笑う香奈も、イベントの話になるといつも不機嫌になる。
理由を聞きたくとも、その言葉が出るだけで不機嫌になるのだから聞けるはずもなく。
どうしたもんかなとため息をついて達哉を見ると、奴はニコニコと笑っていた。
「やっぱ喧嘩か?」
「だから、一緒にするなって。」
不機嫌そうに答えて、授業の終了時間までがあと10分だということに気づく。
配られた課題を見ると、まだ半分ほど空白が残っていて。
ヤバイと思い、今度こそ達哉を無視して問いをうめた。
バイバイと言う声を聞きながら、教室の外で香奈を待つ。
いつものように香奈がお待たせと笑って来るのを待っていると、
今日は香奈が申し訳なさそうな表情をしながら俺に話しかけてきた。
「翔。ゴメン。今日は一緒に帰れないんだ。」
言い忘れててごめんねという香奈。これが達哉だったらふざけんなくらい言ってやるところだ。
でも、俺が彼女に惚れているのもまぎれもない事実で。
「しょーがねーな。」
苦笑することしか出来ない俺に、惚れた弱みだと思えて少し笑えた。
手を振ってまた明日ねと言う香奈を見送りながら、ふと気づく。
一緒に帰っているのは香奈の仲のいい女子で、その中には料理が上手だと香奈が言っていた女子がいる。
もうすぐ迫っているのはバレンタインで。
もしかして、期待してもいいんじゃないかなんて、小さな期待が生まれる。
これで勘違いだったら、結構へこむなとも思いながら。
どうか友達同士の交換じゃありませんように。
そしてバレンタイン当日。
俺は朝から沈んでいた。
俺だけじゃなく、達哉も。
「なぁ、俺達って虚しくねぇ?」
「だな。」
彼女がいるからってことで、義理チョコももらえないし。
教室の雰囲気はなんだかバラ色に見えるし。
教室にはなんとなくチョコレートの匂いが充満している気がする。
そして達哉はまだ喧嘩中であり、俺は……。
「香奈ちゃん何て?」
「返事は返ってこない。友達に聞いたら風邪らしいってさ。」
今回ばかりは期待できると思ったんだけどな。まさか風邪で休むとは予想外だった。
チョコ欲しかったんだけど、本当に欲しかったんだけど。
香奈が風邪引いてしまったんだから仕方がない。
今回もこうやって諦めるしかないのかと考えると、少し悲しくなった。
この時ばかりは"校内に関係のないもの持ちこみ禁止"ってのがない、ゆるい校則も恨めしくなる。
人間ってそんなもんだ。
「結局チョコもらってんじゃねぇかよ。」
愚痴をこぼしながら、いつもは二人で帰る道を一人で帰る。
男同士で何か食べて帰ろうという話になって学校を出たんだけど、校門で里江子とばったり会って。
いや、ばったり会ったっていうのは間違ってるな。
里江子が達哉を待ってたんだ。
で、そこで仲直りした二人とその場で別れて俺は一人。
寂しいよなぁ。いろんな店の隣を歩けば、バレンタイン定番の音楽が聞こえてきたりして。
余計に寂しくなる。っていうか、惨めになる。
一応彼女持ちなのに、どうしてこんな気分にならないといけないんだ。
そう思っても、仕方がないことくらいわかってんだけど。
あーあ。と大きなため息が出そうになって、見えて来た自分の家に視線を向けた。
「あれ?」
驚きで思わず出てしまった声。
だって、そこにはまぎれもなく俺の恋人がいたんだから。
「香奈!?」
その声と共に彼女の元へ走り出す。だって、風邪だって。
「あー、やっと帰ってきた。」
「なに言ってんだよ!!」
香奈の額に手を当てれば、やっぱり熱くて。熱があることくらいすぐにわかった。
俺が寄り道してたらどうするつもりだったんだとか。
達哉とどこかに行かなくて良かったとか。
達哉と仲直りしてくれた里江子に感謝しないととか。
考えることはいろいろあったんだけど、俺はすぐに香奈の手を引いた。
「とにかく中に入れ。」
「ちょっと待って!」
香奈の手を引いて中に入ろうとする俺を、力いっぱい引きとめる香奈。
その意外な行動に思わず足を止めた。
「イベント嫌いなのってこういうわけで。いつも必ず体調くずしちゃって。」
俯いた香奈の表情は申し訳なさそうな顔をしているんだと思う。
そんなしゃべり方に、愛しさを感じる。
そういえば、誕生日もクリスマスも、お正月だって。
その前後の日にはいつも香奈は元気がなかった気がする、なんて思い出しながら。
今更気づく自分が、少し情けない。
「今日は翔、楽しみにしてたみたいだから。……一応、手作りなんだけど。」
香奈は鞄の中をあさり、ラッピングされた小さな箱を取り出した。
器用なはずの香奈なのに、何故かラッピングが崩れていて。
そして、もしかしたらと思った。
「香奈、お前もしかして……。」
「ご、ごめん。ラッピングは今日あわててしちゃったから、ぐちゃぐちゃで。
でもね!ちゃんとマスクしてたから、風邪の菌はついてないと思う!疑わしいなら食べなくてもいいから。」
慌てて言う香奈を力いっぱい抱き締めると、ほのかにチョコレートの甘い香りがした。
俺のためにここまでしてくれたのが嬉しいということ。
そして、別に好かれていないわけではなかったことの安堵感。
熱があるというのに、必死に言葉を述べようとしてくれる香奈が愛しくて。
なんだか、泣きそうだ。
ごまかすように香奈の肩に顔をうずめた。
「俺、お前のことホント好き。」
包み込んだ少し高めの体温が心地良くて目を閉じる。
すぐに暖かいところへ連れて行ってやろう。
でも、もう少しだけ。
甘 い 香 り と 、 少 し の 熱 と 。
END
ブラウザを閉じてお戻りください