『私は絶対に嫌。』

ずっと。七夕を引きずっている私は、幸せが手に入らないような気がした。







七夕が近づくと、よく話に聞く織姫と彦星。なんだって皆はロマンチックだなんて言うんだ。

だって、一年に一度しか逢えないんだよ。空の上だから電話も手紙もないに違いない。

(きっと手紙は雨で溶けてしまうんだ)

そんなの辛い。辛すぎる。切ないじゃないか。

そう思っている今は七夕なんて数週間前に終わっていて。

あの日、神様のいたずらで集まってしまった雨雲なんて跡形もなく、空は眩しい。

鮮やかな青が目に痛かった。

「またひたってるの〜?いい加減七夕は頭から消したら〜?」

呆れ加減に言う里奈の言葉なんて知らない。きっと、皆私がどれだけ悲しくなったか知らないんだから。

『あーあ。雨だね。こりゃ、織姫と彦星も逢えないよ』

里奈の言葉がずっと頭から離れなかった。また1年逢えないんだよ?そんな簡単に言わないで。

ぎゅっと目を閉じると、涙が出そうだった。

「あーあ。私が悪かったよ。自分と重ねないでって。」

「それ言っちゃダメだよ〜。」

涙がぽろりとこぼれたのを隠すように、机にうつぶせになる。

直くん、今何してるんだろう?ふとそう思えば、愛しくて寂しくて叫びだしそうだ。

連絡が途絶えて1ヶ月。

今までは1ヶ月も会わないことはなかった。連絡だって週に1回はとっていた。

それが何の前触れも無く、急に連絡がとれなくなった。

1ヶ月が1年。いや、それ以上長く感じられるから、七夕の二人に重なる。

『直くんと逢えますように』そう書いた短冊も、雨で溶けてしまった。

「うー。」

「はぁ。」

里奈のため息が、やけに鮮明に残る。

アタシ、何やってんの。







「だいたい1ヶ月も連絡とれないって、ねぇ。」

「あ、それ以上言っちゃダメだよ?」

『もう、ダメなんじゃない?』そう言われる気がした。そんなのダメ。そんな言葉いらない。

たとえそれが真実なのだとしても、認めたくはない。

「長い長い1ヶ月。これを一年と見立てたら、もうじき会えるんじゃない?」

大丈夫というかのような笑みを浮かべる里奈。うん、私だってそう思いたい。

だけど、雨の日は二人は会えないっていうじゃない。

こんなにネガティブな考えになるのはきっと、待つ苦痛に疲れているからだ。

「雨は降らないかな?」

「願うしかないでしょ?」

当然のような里奈の言葉に、ちょっとがっかりして。少しだけ、励ましてもらいたかったかも。

なんて、都合のいいことばかり考えるから直くんも連絡くれないんだよ。

自分に厳しく言い聞かせながら、ちょっと自分でへこんだ。アホか。









小学校の時だって、中学の頃だって。みんなが抱く七夕のイメージは変わらなかった。

ロマンチックだねとか、長い間会わないほうが想いが強くなるとか。

いろいろ交わされる会話の中で、私だけは断じて拒否した。

私は絶対嫌。そんな関係嫌だ。ずっとそう思っていた私は、結構ひねくれ者だったのかもしれない。

部屋に戻って、ベッドに横になって。目に入ってきた、もらい物のカレンダー。

可愛い子犬たちがモデルになっているそのカレンダーには、明日の日付にチェックマーク。

「明日、誕生日だった。」

一人で呟く。誰のって?私のだ。きっと毎年恒例のように、日付が変われば里奈のメールがくるんだ。

それを直くんだと、私はいっつも期待して。結局裏切られて。

やっぱり、付き合っている期間が長くても、過ごす環境が違ったらダメなんだろうか?

考えればじわりと涙が浮かぶ。一緒にいたいんだけどなぁ。

きっと、織姫も彦星を想って涙するんだね。こんなふうに。

ピンポーン。

玄関の呼び鈴が鳴る。誰かが出るだろうと、知らん振りしているけれど次第にその音は激しくなって。

「お母さーん?いないのー?」

そう呼んでみて思い出した、母親の言葉。

『今日、お母さん同窓会だから〜☆』

私には見えた☆マーク。今にでも土砂降りになりそうな娘の心とは違い、かんかん照りに楽しそうな母。

うらやましいを通り越して、恨めしい。

仕方なく、玄関に向かってドアを開けると、そこには真っ暗な夜が待っていた。

そして

「はっぴぃばーすでい♪」

そんな言葉とともに、愛しい人までも。

「何してんの?」

「誰よりも先に、祝いたくてさ。」

「早すぎだって。誕生日、明日だし。」

私のつっこみにも動じずに、笑顔を浮かべる直くん。その前で、私は泣きそうだ。

「ごめん。連絡取れなくて。」

「許せと?」

「わはは。やっぱ怒ってるよなぁ。」

当たり前じゃない。心の中で思うけれど、本当は嬉しい気持ちの方が強い。

逢いたかった。寂しかった。切なかった。不安だった。言いたい言葉はなかなかつたえられなくて。

「これのために、短期のバイトしてたんだ。」

学校もあるし、部活もあるし、死ぬかと思った。そう言って苦笑する直くんを、私は睨みつける。

だけど、差し出されたものを見て、怒る気もうせて。

「まずは、エンゲージリング?」

「聞かないでよ。」

約束ですか、と付け加えて呟いて。ちょっとだけ、体温が上がった。嬉しくて恥ずかしい。

なんだか、幸せだ。あんなにネガティブだった気持ちも、飛んでいってしまった。

「安心しな。そのうち、約束じゃなくなるから。」

そういう直くんは、絶対に私の反応を楽しんでるんだ。

だから、私は嬉しいという気持ちを中にとじこめる。だって、悔しい。

直くんの思い通りにいって、悔しいから。

「七夕。雨降ったんだよ?」

「それが?」

「織姫と彦星は逢えなかった。」

だから、二人と私たちを重ねてた私は絶対に会えないんだって思ってた。

「私たちも、もう会えないで終わるかと思った。」

自然消滅。考えたくもない。一番恐れていた言葉。

私が静かに呟くと、直くんは対照的に明るく笑った。

「ばーか。雨が降ったとしても、雲の上じゃ織姫も彦星も逢いたい放題だろうが。」

「……あ、そうか。」

目の前に見えるものだけにとらわれて、大事な部分を見落としていたかもしれない。

たとえば、そんな些細なこととか。相手の想いとか。

今日から光りだした私の薬指が、眩しくて涙が出そうだった。

じわり、じわり、心に熱を植えつけて。









それが愛しい気持ち

















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古野心さんへの捧げもの



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