窓の外を見てみると、強い光を放つ太陽が遠慮もなさげに輝いていた。

時計は正午を回ろうとしている。

ちなみに季節は夏なわけで、しかも学生は夏休み真っ只中でもあって。

暑そうに水泳道具を肩に担いだ小学生を、ガラスをはさんで何度も見かけた。

そういえば、近くに新しいプールができたと噂に聞いたことを思い出して。

「衛藤さん!」

名前を強く呼ばれて、自分が仕事中だということも思い出す。

高校を卒業してすぐ働くことになった、近所のファミレス。

接客業は好きだったし、家族が集まる場所を作るという目標にも惹かれた。

今は親と一緒に暮らしているため、お金の心配はあまりしなくていいけれど。

そのうち一人暮しをするなら、やっぱり仕事先を変えるべきかもしれない。

そんなことを考えていると、もう一度名前を呼ばれた。

「衛藤さん!4番テーブルお願い!!」

焦るように言う先輩、藤崎さんの声に急かされるように、私はそのテーブルに向かった。

今の時間帯、お昼ということもあってかなり賑わってくる。

素直にお昼を求めに来る人もいれば、涼みに来ただけでジュースしか頼まない人もいる。

とにかく、店内は忙しいのだ。

考え事なんてしている場合じゃないじゃない!

そうやって自分を急かして。

頼まれた4番テーブルに向かっていると、そこに懐かしい顔を見た。



















思い出せばそれは























懐かしい顔の相手はまさしく、私が向かっている4番テーブルにいた。

窓の外をぼんやりと見つめて。

何なのよ。

何ていうことなのよ。

自分に問いかけても答えが返ってくるはずもなく。

とりあえず私は辺りを見まわす。

そんな行動をとる理由は一つ。

4番テーブルに行きたくなかったから。



そこにいる彼は中学時代の同級生だった。

中2、中3と同じクラスで一緒に騒いでいて、そして私の好きな人だった。

まぁ、恋心なんてものはともかく昔馴染み、

しかも悪ふざけをしていた相手に今の自分を見せるのは、恥ずかしいという思いがあって。

おまけにこっちは、店員として制服も着ているわけだし。

どこからかこみ上げてくる照れから、どうしてもそこに行きたくはなかったけれど。

変わってくれる人がいるほど、店内は暇ではなかった。

もういいや。

ヤケだね、これは。





「ご注文はお決まりでしょうか?」

渋々と声をかけると、相手もメニューから顔を上げて注文をしようとする。

顔、上げないで良かったのに。

眠そうな目が一気に開かれたのがわかった。

「さおり!?」

「はーい。さおりでーす。」

やはり相手は私の予想していた反応を見せた。

さすがにね、気が合っていた者同士考えることや反応はいまだに予想できる。

彼の名は田川竜一。

顔はそれほど良いといえるわけでもなく、十人並み。

でもムードメイカーで友人想いの優しい奴で。

とにかく、面白いのが大好きな奴だった。

面白いのが大好きなこいつのことだから、

こんな仕事をしているだなんて知られたら笑われるかもしれない。

ガラでもないなんて、言われるかもしれない。

そう思いこんでいたから、彼の次の言葉には結構驚いた。

「へぇ。さおりが接客ねぇ。」

「何よ、悪い?」

「お前、やっぱこういう仕事向いてるよな。」

笑うには笑ったけれど、からかうようなものでなく、いつもの明るい笑みだった。

何だか意外で、でもそれもこいつらしさかもしれない。

そう思いなおせば、さらに懐かしさがこみ上げてきた。

あの頃は、就職なんて考えたこともなかったっけ。



「で?注文は?」

「何だよ。俺、客なんだぜ?」

まるで親切にしろとでも言うかのように、竜一はニッと笑った。

こいつのこの笑い方は変わらないと思う。

周りを巻きこむような笑顔。

その笑みに若干つられながら、私は質問をし直す。

「お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」

「君の時間をいただけるかな?」

営業スマイルでそう言えば、そんな返事が返ってきたから。

意外な言葉に思わず噴出してしまう。

真面目な顔をしながらふざける竜一を見ると

"やっぱり、こいつは変わらない"そんな思いが頭を掠める。

なんだか少し、ほっとした。

「何それ、くっさ〜。」

笑いながら答えれば、まるで面白いことを考えたかのように、竜一はまたニッと笑う。

何だか、嫌な予感を薄々感じながら、私は彼の言葉を待った。

「仕事終わって、時間ある?」

「まぁ、暇だけど。」

「あっそびまっしょ〜。」

昔に戻ったみたいだった。











「どこに行くつもりなの?」

「ナイショ。」

バイトが終わって、本当に待っていた竜一とある場所へ向かって歩き出す。

私は竜一の後をついていくだけで、目的地はわからない。

日が暮れかけの道路に、二人の影が並んで伸びる。

昔もこういうことがあった気がする。

思い出せば、やっぱり笑みがこぼれる。



「前もさ、こういうのあったよね。私がさ、隣のクラスの久保君にふられてさ。」

そうだった。

その時もついて来いって言う竜一の後ろを、

私はただひたすら流れてくる涙を拭いもせずに歩いて。

声もかけないまま、竜一がつれていった先は学校のプールで。

そうだ、あれも夏だったんだ。

「竜一がさ、私を思いっきり突き飛ばして、プールに落としたの。」

「あれは、さおりの気を紛らわそうとさぁ。」

私はびしょぬれになって、でも私だけっていうのがどうしても許せなくて。

「俺はさおりに引き込まれたんだよなぁ。」

そう、私は竜一も巻き込もうして腕を引っ張った。

結局二人でびしょぬれになって、その様をお互いに笑いあって。

先生に叱られた記憶もある。

そうだった。

そのとき、私は竜一を好きになったんだった。

「懐かしいよなぁ。」

思い出に浸りながら話していると、竜一の目的地へと到着した。







階段を上って、思い出の場所へと帰る。

懐かしい空気が、自分の成長を物語っていた。

「竜一のいう秘密の場所って中学校だったんだ。」

私達は3年の時に使っていた教室に来ていた。

教卓の机を撫でながら言うと、席についた竜一が返事を返してくる。

「さおりに会ったら、来たくなってさ。」

視線を交わす私達はまるで教師と生徒みたいだ。

夏休み中だというのに、部活生の声がグラウンドに響く。

こういう雰囲気、嫌いじゃない。

誰もいない教室とか、こうやって教師に見つからないようにこっそりとする行動とか。

わくわくする。

「なんかさ、ここを卒業してまだ5年くらいしか経ってないけどさ。」

「うん、懐かしいよね。」

それだけその後の生活が忙しくて、一生懸命毎日を生きて。

今の環境に慣れてしまっているからかもしれない。

「なんだか、寂しい気がする。」

「全てを思い出にすることが?」

やっぱり竜一は竜一だ。

私達は同じ考え方を持ってる、だからきっと同じことを考えてしまうんだ。



「あ、ここのキズ。まだ残ってる。」

竜一が自分の座っている席に視線を落とすと、すぐにそんなことを言い出した。

その声につられるように、私も覗きこむ。

懐かしいキズだ。

「これ、竜一がつけたやつでしょ?」

R.Tと書かれたイニシャルの横に、ちいさく王冠の絵が描かれている。

竜一が、3年の春にカッターで彫ったものだった。

「懐かしいなぁ。俺の机だぜこれ。」

すかさず自分の席に座るなんて運命だよなぁなんて言いながら、竜一は机を抱きしめた。

こういうところは、本当に変わらない。

「なんかさ、こうやって昔を懐かしんでると、自分が歳とったなぁって思えない?」

「やだ。オヤジくさいよ?」

思うけどと言いかけてやめた。

言ったら自分が歳をとったのを、認めることになるじゃないか。

私はまだ若い。うん。

「今だから暴露するけどさ。」

机にうつ伏せになりながらこっちを見上げて、竜一はそう述べだす。

あの頃と比べて、やっぱり顔立ちは大人びている。

5年という月日は短いようで。

でも人を成長させるには、充分な月日だったのかもしれない。

「俺、あの頃さおりが好きだったんだよな。」

軽く言われて、びっくりした。

いきなり昔話ついでに出すセリフとは、違うと思っていたから。

少しだけ、動揺した。



竜一と志願する高校が違うと知ったときは、

それはもう本当に私じゃないみたいだった。

ガラにもなく少しだけ感傷に浸ってみたり、

告白しようとも考えた。

でも、そんな勇気なんてまだなくて。

結局行きたい高校が違うってことは、考え方も違ってきたんだなと思えて悲しくなった。

竜一が遠く感じて。



でも、今ならわかる気がする。

竜一もまた、私と同じ思いを抱えていたのかもしれない。

「私も、好きだったんだよ?」

俯き加減で答えたのは、あの頃の気持ちを思い出していたからだと思う。



高校に入って、竜一のいない生活に寂しさを覚えた。

ケータイなんて持っていなかった私達に、連絡方法なんてなくて。

忘れていくのを自然と思いこもうとした私がいた。

でも、始めから忘れるなんて無理だった。

好きで好きで。

辛くて。

でもどうしようもなくて。



「どうして告白しなかったんだろうって、いつも後悔してた。」

「ははっ。さおりも一緒だったのか。」

今なら笑って話せる。

そう、あれは思い出だ。

私の中に好きな人としての竜一はもういなくて。

友達としての竜一がここにいた。

「月日って人を変えるって言うけど。本当だなって……。」

「同感。もう、さおりを女だなんて思えねぇや。」

「何それ。サイアク……。」

なんだか、すっきりした気がしているのは私だけじゃない。

そんな顔をお互いにしていた。









それから、教師に見つからないようにこっそりと学校内を見て回って。

少し暗くなり始めた学校を出た。

お互いにケータイの番号とアドレスを交換して、私達は別れる。

「「またね(な)」」

そんな言葉を残して。







今日の一日は、

私にとって成長する一歩だったのかもしれない。



さようなら過去。

そしてこんにちは。

向き合って、目をそむけて。

そして変わっていっている自分を、発見するんだなって思えた。







明日も頑張ろう。

新しい未来と、新しい過去のために。











END










あとがき
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卒業した学校はやはりどうしても
懐かしいもののように思えてしまうように思います。
自分はそこにいたのに、それはもう過去で。
何だか変わっていく環境に寂しさを覚えたり。
就職したら、そういう感情はさらに強くなるような
そんな気になって仕方がありません。
私は今の時間をずっと過ごしていたいのですがね。
月日はやはり流れます。
過去と向き合って、あの日の私と今の私を比べて
自分の成長に気づきたいです。

「思い出せばそれは、成長する一歩」

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